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 column "peace wind"第11回

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夢の跡を発掘して

ダイヤのお竜   

 忙しくなると家の中が泥棒の入った後のようになります。そう、私は間違いなく「片付けられない女」です。夫も同類なのに女性だけそういわれるのは不当だと思いつつ、物探しで半日つぶれるようなことがあるたびに反省をする毎日です。
 そんな私が、他人の家を片付ける羽目になったのです。
 一人暮らしで亡くなったAさんという高齢男性の家の片付けに仕事の合間を縫って約1ヶ月間、取り組んだのでした。
 ご想像どおり、凄かったです。玄関を一歩上がると、そこは「夢の島」?
 一階の風呂場、アトリエ(Aさんは以前中学の美術教師だった)、廊下、階段、2階の寝室、居間、全物、物、物、物、の堆積。調理をしなかったらしいので生ゴミは無く、それが唯一の救いでした。
 電気のブレイカーには踏み台無しで手が届いたのだから1メートルは物が堆積していた、と思います。
 本・衣料・食料品・雑貨、どれも封を切っていないものばかり。ある意味「宝の山」でもありました。
 床や畳が「発見」されたのは作業開始から2週間後。その時の感激といったら!
 Aさんが新築の家に入居して以来13年間、新聞は一度も家から出されなかったらしく、最古の13年前の新聞をふくめて4700日分の新聞紙は各種堆積品の力強い土台を形成していました。
慈悲深い?友人が届けていた手作りジャム・13年分のビンも都度つどの地層からメモ入りのまま発掘され、ジャム名人をひどく嘆かせました。同種類もの品々がいくつも出てきたのは、探すより買ったほうが早いと思ったからでしょう。同じような経験が大いにある私です。同情を禁じ得ませんでした。   
 かくて100袋分の燃えるゴミ、バザーや図書館への提供品トラック2台分、空き缶80缶、古新聞の山々が史上はじめてAさんの家からそれぞれの適地へと旅立ったのでした。
 私が遭遇した「Aさんのような事件」はよくあること、だそうです。ゴミの山も含めて。
Aさんの死は「孤独死」といわれるものに違いありません。でもその言葉がもつ「悲劇性」を生前のAさんからは感じませんでした。人に何と言われようと、気ままに自由に生きた、豊かな一生だったのではないか、と私には思えました。たとえ死後5日で発見されたとしても、です。
 係累は3人の姪ごさんだけで、その一人はやはり教師。「教育や平和についておじとは良く語り合いました。ご近所に皆さんのような友人がいて良かった」と謝意を表してくれました。
 何ほどのことをしていたわけではないけれど、人とつながることを極端に嫌っていたAさんなのに、町でばったり会うとお茶に誘われたりしていたのだから、私はAさんに好かれていた人間の一人だったのでしょう。素敵な生涯だったと思いつつも、しかし、と考えます。
 Aさんは絵を描きたかったのです。おしゃれをして美味しい物をもっと食べたかったのです
 庭仕事もしたかったし、やっぱり「片付け」たかったようです。
 「遺跡」から発掘されたおびただしい名画集、スケッチブック、6Bの鉛筆、高級缶詰、スコップ、種、しゃれた上着、わけても沢山の掃除道具類。
 それらはAさんの果たせなかった「夢」をあらわしていました。いつの時からか、買い込んだ本や品々の封を開ける力をAさんはなくしていったのだと思います。
 翻ってお前はどうか、と胸に手をあてると、Aさんのことを笑えない自分がいます。
 Aさんの堆積物は私に一番やりたい「夢」のはいった箱を早く開けろ、と語ってくれていたような気がしてなりません。一日も早く!何のために生まれてきた?何のために生きている?と。
 そのためにも、まず、「片付け」です。試験勉強だってまず机の上の整理からでしたから。
 でも今ちょっとつかれているので・・・。ああ、これがいけないのですよね。日暮れて道遠しです。

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