
2005年5月30日、治療に専念するため身辺を完全に整理してから入院した。伊藤忠商事を定年退職したあと6年間勤めた日本サハリン協会の常任理事も5月の総会で退任した。
現役最後の送別会で、日本サハリン協会でともに働いた伊藤洋子さんと寺嶋優美さんが記念にジーンズのジャケットを贈ってくれた。
この日の朝、二人が贈ってくれたジャケットを着て、妻が運転する車で病院に向かった。ミニチュア・ダックスフントの姉妹カンナとアクチヤが見送ってくれた。
小雨が降っていた。
ボクが入院する東松戸病院は自宅から車で十分ほど走った、閑静な森の中にある。以前国立療養所のあったところである。ボクの病室は4月に肝生検の検査で入院したときと同じ東病棟4階の431号室で6人部屋である。窓際のベッドがボクに与えられた。先客が4人いた。
「明日から治療を開始します」
十時過ぎ主治医の森田秀和先生から告げられた。
入院初日は体重測定。体温、尿、血液、レントゲン検査が行われた。体温は36度で平熱だが、血圧が93・160と普段より少し高目である。これらの検査も午後2時過ぎには全て終わり、あとは終日ベッドの上でバッハを聴いて明日の本番に備えた。
5月31日
この日の朝、食事のあと抗ウイルス剤レべトールのカプセルを飲み込んだ瞬間からC型肝炎ウイルスとの336日間の戦いが始まった。
レベトールは1カプセルに200MGのリバビリンを含んだ抗ウイルス剤である。この抗ウイルス剤は単独ではウイルスの増殖を抑えることが出来ず、ペグイントロンを併用してはじめてウイルスを排除することができる。
ボクはこの抗ウイルス剤を朝夕2個づつ、336日間飲みつづけることになった。
「アリガトウゴザイマス」
ボクは心の中でこうつぶやいてから、カプセルを飲んだ。
錦糸町駅北口を出て公園沿いに少し歩いたところに花屋がある。その隣に蕎麦処「松月庵」がある。若いカップルが切り盛りしている店で、蕎麦処なのにワインやフランス料理を出すユニークな店である。
この蕎麦処で5月20日の夜、鈴木トミ子さんの還暦を祝う会を友人が開いた。鈴木さんは長年の友人であり、ボクも参加した。入院する少し前ということもあって、ボクを激励する会も兼ねた。
12人ほどの友人が集まったが、この時たまたまボクの隣に座った陶くみ枝さんが
「薬を飲んだり、注射をされるときには、『アリガトウゴザイマス』と言ってください」とアドバイスしてくれた。こうすることにより体の中のすべての細胞が闘病に一致団結して立ち上がってくれるという。
病室のベッドの上で横になり、パブロ・カザルスが弾くバッハ無伴奏チェロ曲のCDを聴き終え、エドウィン・フィッシャーのバッハ平均律クラビィア曲を聴き始めたとき、看護師さんが来てペグイントロンを左腕に注射した。
「アリガトウゴザイマス」
と心の中でつぶやく中、注射はあっけなく終わった。時計の針は11時を少し廻っていた。
「注射は簡単なんですが、あとがねえ」と看護師さんが言った。
注射された瞬間、胸のあたりが熱くなり、唇の先がしびれた。
ペグイントロンはインターフェロンにペグという物質を結合させたインターフェロン製剤のひとつである。人間の体がウイルスに感染すると体の中にタンパク質がつくられ、これがウイルスの増殖を抑えようとする。このタンパク質がインターフェロンである。これを薬に応用したのがインターフェロン製剤である。
これまでのインターフェロンは血液中に滞留する期間が二、三日間と短かったが、ぺ
グイントロンの出現で滞留期間が一週間と長くなった。
このペグイントロンをレベトールと併用することで、これまでインターフェロンが効きにくいとされていたウイルスも70パーセント以上の排除が期待されるようになり、肝硬変や肝ガンの危険性も減少したという。
毎日朝夕抗ウイルス剤レベトールを服用することと合わせ、このペグイントロンの注射を週一回、48週間にわたり行うことになった。
ペグイントロンを注射してから一時間ほど経過したとき昼食が運ばれてきた。里芋、牛蒡、人参などの煮付け、煮魚、デザートのバナナなどひとつも残さず食べた。
副作用のひとつに食欲不振があるが、注射後一時間ではさすがの副作用も発動が間に合わなかったようだ。
注射して一時間ほど立つと背中が熱くなって来た。二時間後、手足の関節が痛くなり、顔もほてってきた。
この日の三時過ぎ、妻が見舞いにきた。40度の熱を出し、へばっているにちがいないと思って来たが、意外とぴんぴんしている姿を見て、妻は拍子抜けした様子であった。
食堂で談笑しているとき、主治医の森田先生が現れた。
「ちっとも熱が出ませんが」とボク。
「そのうちに出て来ます。松丸さん用に座薬を用意しておきますので、どうしても耐えられないときは遠慮しないで申し出て下さい」と先生に言われた。
ペグイントロンの注射が引き起こす副作用にインフルエンザ様症状がある。この副作用に百人中九十五人の患者が経験するという。発熱、頭痛、関節炎、全身倦怠感などの症状がインフルエンザに似ていることから、インフルエンザ様症状と名付けられた。
妻が見舞に来ていたときはインフルエンザ様症状の兆しはまだなかった。「ひょっとすると百人中の五人の中に入るかもしれないね」と言って、妻は安心して帰っていった。
夜の九時過ぎ、異変が起きた。
発熱が始まる。37度、38度、39度と熱はうなぎ上りに上がっていく。
頭が痛い。手足の関節も痛み出した。足の方から全身にだるさが広がって行く。
ベッドの上で横向きに寝たり、腹ばいになってみたり、上を向いたり、いろいろ寝方を変えてみるが、どこにも身の置き場がない。
のたうちまわるうちに意識が夢と現の間をさ迷い出した。
母も現れた。
66才の息子のピンチをみかねて天国から105才の母が救援に駆けつけてくれたのかもしれない。
もがきつづけるうちに朝方眠りに落ちた。
こうしてC型肝炎ウイルスとの闘いはこのあと300日余、300余のドラマを生みながらつづいたが、幸運にも全てのウイルスの排除に成功した。