
神戸で一人住まいをしている94歳の母が毎年の通り年末年始を過ごすために東京のわが家に来ている。いつもは一人で来るのだが、来る3日前に道路で転んで脚を痛めたというので、今回は特別サービスで迎えに行った。私はひどい片付け下手で、食卓と言わず床といわず書類が散乱していて、年末を向かえて年賀状も手付かずの状態になにから手をつけてよいやら。神戸行きで3日間を取られたのも痛い。
12月21日、とりあえず振り込み処理から取り掛かる。ユニセフからカンパ要請の封筒が確か2通来ていた。1通は日本ユニセフ協会、1通はUNHCRから東チモールの避難民へのカンパ要請で、出来ることは3000円では毛布10枚、5000円ではマーケットで卵を売り自活するための雌鳥を10羽、10000円では健康診断25人分、30000円では家族が暮らす仮設住宅1棟と例が書かれている。卵販売をしてもらうことにして、日本ユニセフ協会にも同額とする。憲法9条・25条実現のための市民意見広告2000円、原爆の図丸木美術館の一般会費2000円、団地の管理組合が日本赤十字から押し付けられている歳末助け合い、どうもこの運動はボランティアを働かせながらカンパのどれだけが目的のために使われているかうさんくさいと思っているのだが、世話人仲間のHさんに「それでもやらないよりはいいでしょう」と言われ、それ以後は1000円を届けることにしている。
ちょっとした買い物にホームセンターへ自転車を走らせた。ホームセンターの手前の5メートル幅の道路で、ビニル傘を杖代わりに袋を持ったホームレスと思えるおじさんが、何故か道路を横切るのに脚を踏み出せずにいる。買い物を済ませて自転車に戻り、先ほどのおじさんの方に目をやったら、まだ50センチしか進んでいない。思い切ったように3歩ほど踏み出したところでよろけて、転んでしまった。起き上がりにくそうだ。手伝いに向かう。すると向こう側から、おばさんと娘の親娘と思える二人が私に先んじて駆け寄った。「そこに居たらまたおこられるよ。公園へ行くの?車で送ってあげようか?」。おじさんは目的とちがうのか、焦っているのかもがくばかり。とりあえず端の段差のところへ座らせよう。娘と私で抱え起こし、おばさんが袋を持って「結構重いのよ」。座らせたが、小路を横切れなかったおじさんが、立ち上がって重い袋を提げてどこかへ行けるとも思えない。しかしこれ以上かかわってもどうしていいのかわからない。退散することにする。親娘は傍の八百屋らしい。また何とかしてくれるかもしれない。それにしても親切な人がいるものだと感心した。商売用の軽トラだとしても、あの服装のおじさんを乗せようという申し出はかなりのものだと思う。娘も私より先におじさんを抱えた。私は後からためらいながら抱えた。おじさんはそもそもあの場までどこからどうして来たのだろう。どうして歩けなくなったのだろう。袋におにぎり1個顔を出していたから空腹ではなさそうだった。この日はものすごく冷え込んだ。あの後どうしたかなぁ。すごく気がかりだけど、どうすればよかったんだろう。カンパは思いつかなかったけど、ユニセフより先ずおじさんかなぁ。帰ったら郵便受けにまたUNHCRから国境なき医師団へのカンパ要請がきていた。世界中大変だ。遊びたい盛りのジジイだが来年も慎ましく遊ぶをモットーに過ごすことに。