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憲法は変えてはならない―私がこの結論に至った理由
(憲法9条と平和外交)
前レバノン国特命全権大使 天木直人
☆ はじめに
皆さん、今晩は。《今晩はの声》。今日は商社の方達の集まりと言うことで・・・。
私、外務省に30数年間いまして、その内の22~3年が海外勤務だったんです。私の海外勤務の思い出は、大体、商社の人たちと楽しくつき合わせていただいたことです・・・。
最初に勤務したのがアフリカのナイジェリアという所で、1971~2年だったと記憶しています。当時私は独身で22~3才だったと思うんですけども、その時の三菱商事支店長ご夫妻に随分親切にしていただきまして、「独身で、アフリカで、食事に困っているだろうから」とよく呼ばれて、美しい奥さんの手作りの料理を食べさせてもらった。それ以来、いろんな国に勤務しましたが、大体商社の人達とは仕事も、或いは考え方も非常に近くて、それに遊びもマージャンしたり、ゴルフしたり、旅行したりと随分お世話になりました。今日こういう形で皆さんとまた一緒にさせていただくとは夢にも想わなかったんですけれども。今日は憲法という非常に固い、真面目な話について私の体験を踏まえて話させていただきたいと思います。
憲法は、いくつかの角度から見ることが出来ます。ひとつは勿論法律的に、この憲法9条、例えば自衛隊をイラクに派遣することは違憲か、あるいは在日米軍の基地は憲法違反だと、そういった法律的な観点から随分議論されて来ました。
それから、やはり歴史的にこの憲法をどう捉えるか。ご承知のように、日本は敗戦のあとアメリカに占領されて、そしてその占領時代に今の憲法が出来た訳です。これが押し付け憲法か、或いは日本国民が自ら選んだのか、まあこういうことから始まって、そしてその後60年間の歴史でも様々な形で、憲法が或る時は拡大解釈、或る時は捻じ曲げられる、などそういう歴史的な観点から憲法を見る。
もうひとつは、やはり市民生活との観点からです。この憲法と言うのが我々のその個人の権利を守るひとつの守護神であるという立場から見る人も居れば、或いは先程、塩田先生の話のように、国家権力をこの憲法でどういう形で規制していくのかという市民生活との関係における見方があるわけです。
今日は、私の経験、つまり外交官を35年間やってきまして「戦争と平和・国際政治」の観点から私がたどり着いた憲法9条に関する結論を申し上げたいと思います。
私は実は2~3年前までは、この憲法についてそれほど真剣に考えたことはなかったんです。勿論、平和は大切だし、戦争は何があっても避けるべきだと、まあ、こういった漠然とした考え方はありました。しかし何があっても憲法は変えてはいけないとか、或いは非武装中立でとにかく一切武器は持たないということが本当に現実的なんだろうかと、そういった考え方を持っていたわけです。
しかしながら、2年半前のあのイラク戦争といいますか、アメリカの一方的なイラク攻撃、これを中東のひとつの国であるレバノンという国にいて見てしまった、そしてアメリカのイラク攻撃の根本的な原因であるアメリカの中東政策――具体的にはイスラエル・パレスチナ紛争なんですけれども、この問題が如何に人間性に悖るか、アメリカという国がここまでその戦争或いは武力行使というものを“当然のように”行使している、それを見てきて、つくづく平和の大切さ或いは戦争の不当さというものを感じたわけです。
今でこそ申し上げますけれども、イラク攻撃に反対し日本政府の米国支持は間違いだと声をあげることは勇気がいることであった。ずいぶん考えた末に、最終的には意を決して日本政府、私の親元である外務本省に意見を具申したのですが、結果的にはそれで私は外務省を辞めることになった訳です。外務省をああいう形で辞めたということは想像以上に厳しいものであったというか、失うものが非常に大きかったとしみじみ実感させられました。
しかし同時に、その後の2年間を振り返って、失って余りある非常に大きなものを得ました。2年半前に外務省を辞めた直後は、生活は非常に不安定だったし、心理的に極めて辛い時期でありました。しかしながら、今は非常に落ち着いて、そしてまあ精神的にも強くなって、全く新しい人生を歩むことが出来つつあります。
その新しい人生の一つが憲法についての自分自身の考え方を高めていき、大勢の同じ考えの人たちと連帯感を持てるようになったことがあります。 私がたどり着いた結論ですけれども、今、我々はこの憲法9条を――いろんなことを言われていますけれども――今こそこれを守らなくちゃいかんと。つまりこれを今変えることが、如何に我々の将来にとってマイナスであるかという確信に満ちた結論を持つに至った訳です。今日はこのことを申し上げたいと思います。
まず、イラク戦争が何であったかということなんですが、私はもう完全にあのイラク戦争は間違いであったという評価が決まったと思うんです。どういうことかと言いますと、最近アメリカの世論調査が立て続けに報道されましたけれども、いずれも過半数のアメリカ人があの戦争は意味がなかったと思い始めている。アメリカは、ブッシュ大統領が言っているのに反して、ちっとも安全になっていないのだと。更にはブッシュ大統領の支持率が低下し、もう支持しないというのが52%――これはブッシュ大統領が1期目の当選を行った2001年1月以降、最低の水準になっている――おそらく、この支持率は今後もっと下がっていくでしょう。つまりあの戦争が始まった直後の世論調査は、世界中の国民は反対したにも拘らず、アメリカの国民は圧倒的な多数でブッシュ大統領を支持した訳ですね。その国民が2年半たった今、自分達は間違ってたんだと言うことに気付いた。
それからもう一つは、やはりイラクの現状なんです。もう2年半たった訳ですけれども、改めて振り返って見ると、随分色んなことがあった訳です。つまり、3月20日に攻撃が始まって4月の7日頃に終わって、そしてブッシュ大統領が5月1日に船の上で勝利宣言をした。そして最初は復興人道支援室というのを作ってイラクの復興を実現しようとしたが一向にうまく行かなくて、1ヶ月で責任者が交代した。ブレイマーという占領統治司令官のような人が赴任した。そして、1年間やって見たけれども、それでも危なくなる一方で、その間に国連の事務総長代理が殺されたり、或いは日本の外交官が殺されたり、そして1年程前に政権委譲をしてブレイマーは命からがら逃げていった。
その後1年間、暫定政府が出来ましたけれども、結局、暫定政府は何もイラクのために出来なくて、そして今年の初めに選挙で選ばれた政府を無理やりに作ろうとした。しかしながら選挙が終わっても一向に政府の顔ぶれが決まらずに、やっと4月に決まって今日に至っている訳です。しかし、新しい移行政府が出来ても益々テロがひどくなった。それよりもないよりも、憲法の草案がつくれない。つまりイラクはまとまっていないのです。この事実一つとってみても、あの戦争がいかに間違っていたか、それは、一つにはアメリカの占領政策が間違いであると同時に、アメリカがやろうとしていたこと――すなわち武力でイラクを征服するということ、が全く間違いである。アメリカではイラクを安定化できない、まあこういうことだと思うんです。
では、いったいあのアメリカの攻撃の意図するところは何だったのか? 何が問題であったのか?ということなんですね。
今ではもうはっきりと皆が認めている訳ですけれども、大義がなかったということですね。つまり、大量破壊兵器を持っている可能性が極めて強い、そしてその大量破壊兵器が、サダム・フセインがアルカイダと結びついて、オサマ・ビンラディンと結びついて、そして今にもアメリカを攻撃する、従って差し迫った脅威があるから先制攻撃も認められるんだと、まあこういうロジックで攻撃したわけです。しかし、その後、次から次へとアメリカの要人が証言、告発していった。大蔵大臣(財務長官)をやったオニールさんという人が“実はそうではなかったんだ”ということを言ってみたり、或いは国際査察委員会の委員長ブリッグスさんという人が(委員長を)辞めた後で “実は査察を、もうちょっと続けていれば、はっきりしたことが判ったんだ”ということを言ってみたり、挙句の果てにアメリカの独立調査委員会が “結局、CIAが間違った情報をブッシュに上げて、ブッシュがミスリードされたんだ”という報告書を出したわけですね。これなんか非常に卑怯な報告で、つまり“ブッシュ自身も被害者なんだ。ミスリードされたんだ”という形でごまかした訳ですけれども、しかし、いづれにしても米国が当初世界に向けて公言したイラクを攻撃した根拠は無かったということは明らかになった。
それから2つ目に、あの攻撃の最大の問題は、国連憲章を踏み躙って単独で武力行使をした、つまり明らかな国際法違反を犯したということです。
よく“国連というのは、いい加減な機関だ、出来てまだ一度たりとも紛争解決できなかったじゃないか”という人が随分いる訳です。しかしながら、やはりそれは間違いで、不完全な国際機関であっても、そしてそれが戦勝国の創った、つまりアメリカが率先して創った勝者の機関であっても、その後60年間で加盟国が119カ国になって、文字通り唯一の国際機関である訳です。ですから、加盟国全員が協力して国連を育てていけば、間違いなく効果的な安全保障を担保する機関になる筈です。しかしまさにアメリカがあの機関を壊してしまった。ですからこのアメリカの、特にブッシュ政権の単独主義、軍事優先主義――これは新保守主義の人達がブッシュに影響を与えたという訳ですけれども、この新保守主義の考え方がまさに“問題の解決は武力でやるのが一番”だ。これだけアメリカの武力が世界の全ての国を合わせても圧倒的に優位に立っている。(圧倒的に優位に立っている)軍事力を持ったアメリカが武力で物事を解決するのは当たり前だと。こういうことを平気で広言するような国になった訳で、米国が国連の発展を妨げているわけです。
しかしながら、私があの戦争を許せなかった最大の理由は“イスラエルを安全にする”、つまり、中東の全ての国がアメリカ・イスラエルに従うようにしていきたい。大きな“中東民主化”の名の下における中東支配のために戦争を起こした、その為にはアラブの命までも犠牲にするという米国の非人道性にあったのです。
レバノンにいて、最大の関心はパレスチナ問題だったんです。つまり、私自身はこのイスラエル・パレスチナ紛争はそんなに詳しくはなかったんですけれども、レバノンに行ってみて毎日のようにパレスチナのイスラエルによる弾圧が行われていることを知った。これほど非人間的な事がどうして許されるのだろうかと、ずっとそれを考えていたんです。
結論から言うと、結局アメリカはイスラエルをあくまでも支持する。例えば(イスラエルが)核弾頭200発も持っているという事が明らかにも拘わらず、アメリカはそれを不問に付す。そして、第三次中東紛争でイスラエルは周りの国のレバノンも含めて軍事占領しても、そしてそれを国連が非難しても、イスラエルは無視し続けている。、ここまで不当なことを繰り返すイスラエルに対してアメリカが全面的に支援している。そしてパレスチナ人がどんどんどんどん追いやられていって、民族の危機になっている。誰一人としてこれを防げることが出来ない。この中東のパラドックスですねえ、私はそれに対し強い憤りを持つようになったんです。今度のイラク攻撃はまさにそれに輪を重ねるようにして、アラブを支配しようとする政策であったのです。
私はどうしてもアメリカの中東政策が許せなかった訳ですけれども、日本政府はそういうことを知ってか知らずか、このアメリカのイラク攻撃を全面的に支持しました。
私は、今の日本の外務省或いは日本の保守政権が、何故ここまでアメリカに対して従属的な政策を採るのかというのが不思議でならない。よく皆さんに聞かれるんですけれども“それは何故ですか”と。内部にいて、私自身は答えられない訳です。
ただ、1つだけはっきりしているのは、あらゆる外交は――少なくとも私自身が外務省に入った1969年から今日までのあらゆる外交は――最終的には全てアメリカの要求に従って来たということなんです。そして、そのアメリカの政策に反対をするような者は出世しない。逆に出世する連中は、みなアメリカの意向を先取りをするような政策ばかりを考える。これだけははっきりしている訳です。
何故、そうなのか? 私なりにいろんな本を読んだり調べたりして、幾つかの答えが見出せるような気がするんです。
今の日米関係の基本になるそもそものスタートは日米安保条約なんです。講和条約を1951年に(結んで)、サンフランシスコ条約という形で西側の一員として復帰した。その丁度同じ日に安保条約を結んだ。ところがこの安保条約を結ぶときの交渉の経緯をよく見ると、少なくとも外務省の先輩は今とは違って対等の立場でアメリカと交渉してきた。
つまり、憲法9条の下でアジアの共産主義の脅威(から日本)を守るためにはアメリカの軍隊が必要だ。しかし、アメリカは必ずしも日本の為だけに日本に軍隊を置くんじゃなくて、まさに日本に軍隊を置いてアジアの共産化を防ぐ、つまり、アメリカにとっても日本は極めて重要な戦略的な国であった訳で、その意味では5分5分じゃないかと、対等じゃないかと、こういう議論で交渉をした訳です。結果的には圧倒的な偏った条約となった。
ある学者が、その1つの大きな理由として、昭和天皇の意向があったという。天皇陛下は新憲法が出来た後も、つまり象徴天皇になった後も、11回にわたってマッカーサーと直接に会った。その時天皇陛下はマッカーサーに“とにかく日本を守ってくれ、安定させてくれ、そして、自分の地位を守ってくれ”とこういうことを言ったという事を言う学者がいる。そして吉田茂に対して“早く安保条約を結べ”ということで、吉田茂が急いで安保条約を結んだ。彼は調印するときは1人で隠れるようにして調印したという記録が残っているんですけれども、彼は、自分はその当時の選択としては正しことをしたと思うが、後世の評価はかわるかもしれない、その時は後世の人の手で安保条約を変えて欲しい、そういって署名したというのです。
それから、例えばアメリカのジャーナリストの書いている『軍隊なき占領』という本があるんですけれども、彼がそこで言わんとしていることは、結局、アメリカが、ある時点から日本を“民主化の逆行で、アメリカの国益を満たす国”にしようという政策に切り換え、そして日本の一部の指導者を使った間接統治を始めたと。いわゆる逆コースです。彼がそこで言っているのは、戦犯で本来ならば有罪になる政治家、或いは日本の要人を釈放して、そして彼らを政権に就けて、安保条約を改訂させたと。そういうような意見もある訳ですね。
しかしながら私は、やはり日本国民そのものがアメリカに頭を下げたと言いますか、アメリカに感謝していると言いますか、ありていに言えばアメリカ好きだったと。
『マッカーサーの二千日』という本があるんですけれども――袖井林二郎という人が書いた本ですけれども――そこにこういう光景があるんです。マッカーサーが最後はトルーマン大統領に首を切られて日本を去ることになった訳ですけども、そのマッカーサーが去るときに天皇陛下から国民まで、日本中の国民がマッカーサーに別れを惜しんだということなんです。つまり、マッカーサーは決して善意で日本を占領(統治)した訳ではない訳ですけれども、しかし当時の日本人は皆マッカーサーに対して敬意と親愛の情を持った。
ですから、結局今の対米追従外交も、対米追従、対米追従といって反発はしてみるけれども、内心日本国民が心のなかでは“やっぱりアメリカに守ってもらうんだ、アメリカに従うんだ”という気持ちがあると思うんです。ですから、それが私は今日の日本の外交のやはりひとつの大きな目に見えない支えになっているのではないかという気がする訳です。そう考えると、物事はそう簡単な話しではなくて、そう簡単に日本とアメリカの関係は変わらないかもしれない。
しかしながら、今日私がここで申し上げたいのは、それで本当によいのかということなんです。
アメリカという国は非常に「危ない国」ではないのか、文字通り戦争国家ではないのか。現に今アメリカは戦争している訳です。
経済同友会の品川さんという方が――あの方は経済人でありながら経団連の幹部なんかと違って、憲法9条改正に反対されている訳ですけれども――、その彼が、雑誌で言っている言葉に“アメリカは今戦争しているんだ。戦争している国を見くびってはいけない”とおっしゃっている。まったくその通りだと思う。
今の良好な日米関係というのは、戦争している国と日本が緊密な関係を持っているということです。これはもうきわめて危険な状態に置かれていると思うんです。実際問題として、アメリカは「テロとの闘い」というのを言い始めてから、根本的に安全保障政策を変えようとしている。つまり、今までは冷戦――世界的な規模における共産主義との闘い――であった訳ですけれども、それは89年にはもう無くなった。じゃあアメリカはいったい誰と闘うんだ? これはもう敵が無いんですね。敵がないから湾岸戦争を作ってみたけれども、一過性の戦争ではアメリカの軍需産業、或いはアメリカの国そのものが支えきれない。つまり、常に戦争を闘い続ける国でなくてはならない。そこで、テロという掴み所のない敵を作って、終わりのない戦争シフトを敷いた。
アメリカの「テロとの闘い」はきわめてアメリカ的な戦争であって、つまり“反米―アラブの反米組織の抵抗”と戦うことこそがアメリカの言う「テロとの闘い」です。しかし、それは日本という国にとっては何の関係も無い戦いなんです。「テロとの闘い」という漠然とした言葉の魔術にだまされて、何でもかんでも、「テロとの闘い」だったら正当化される。これだけ日本の予算が厳しい時に、テロがらみの予算はすぐ認められる訳です。
そして我々の日常生活がいたる所で規制されても、それは「テロとの闘い」だということで、皆納得してしまう。ここは現実をよく見つめないと、我々はとんでもない状況に置かれることになる。
そこで憲法なんですけども。60年間日本人が曲がりなりにも守ってきた憲法が最近急に改正が日程に上ってきて、そして例えば国会議員のもう9割以上が何らかの改正が必要だといいますか、改正を認めると。ですから、“2/3の国会議員の賛成”というのはどう考えてもあっという間に認められるだろう、という趨勢なんですね。
更に言えば、国民の世論が、2年ほど前はまだ「憲法9条改正」は反対が6割という数字だったのが、今ではもう4割、3割になってきている。つまり国民の過半数が、憲法9条変えてもいいんじゃないか、こういうことになって来ている訳です。
ですから、そう考えると、まさに憲法9条は風前の灯ではないかと。
しかしながらもっと深刻なのは、憲法9条を改正してもしなくても、現実の日本の安全保障政策はとっくに憲法を通り越している。
例えば、去年の暮れに決定された新しい防衛計画―5ヶ年計画は「テロとの闘い」を全面的に出している訳ですねえ。そして、アメリカのその新しい米軍再編成の一翼を担っている。つまり、日本の自衛隊は――そもそも合憲か違憲かという議論はありますけれども――、仮に自衛権、自衛隊としての存在を認めたとしても、あくまでも「専守防衛」であって、勿論外国に派遣するということは歴代の首相は一切否定していますし、歴代の首相、あの安保条約を改正した岸首相でさえ「専守防衛」を言っている訳です。
ところがこの「テロとの闘い」に協力する自衛隊は、日本の安全保障とは何の関係もないアメリカの戦略に協力する訳ですから、これはもう憲法9条を逸脱しているのみならず安全保障条約そのものも、もう逸脱してしまっているんです。しかしながら小泉政権は「日米共通戦略目標」という行政のレベルの合意で、大きな政策変更を行ってしまった。
実際、予算要求も、向う数年かけて、迎撃ミサイル――アメリカの開発しているミサイルを迎え撃つミサイル――を共同研究することにしたり、或いはその一部を日本海に持って来て、そしてアメリカの「危険な三日月」と言われている非常に広範な地域のおける「テロとの闘い」に加担する。ですから事態は、安全保障から言えば、もう大変なところに来ている。
しかしながらよく考えてみると、私は、むしろ今こそ米国のいいなりになることから逃れる絶好のチャンスなんじゃないかと。つまり、ここまで米国が無茶な国になった以上、日米関係は見直されるべきではないかと思える時が来たといえるのではないかと思うのです。
今こそこの憲法9条をまさに守らなくてはならないと。そして(強調したいのは)、今まで憲法9条があったから、どんなに無茶苦茶な事でも、やはり思う通りには出来なかった訳です。その都度その都度、憲法の解釈を変えて、或いは裁判所が法的な判断をもう下さないといって、いろんなことをして逃げて来ても、結局それはまともに憲法9条と向き合うと、今の日本の防衛政策は行き詰まる。そして逸脱した政策を実際は採っていますけれども、しかし憲法9条を逸脱しているという後ろめたさは間違いなく歴代の政権に有った訳です。
しかし、今度、もし憲法を変えて、自衛隊を海外に――国際協力という名の下に――派遣するようになると、それこそ無制限に自衛隊は海外に出て行く。ですから私は、この憲法9条を守るか守らないかというのは、戦後60年の日本の政治史の中でも、60年の安保闘争よりももっと大きな出来事、もしこのまま日本国民が憲法改正を認めてしまったら、おそらく歯止め無く日本は武装強化されていくだろうと、逆に、もしここで国民の過半数が憲法改正を今やらないんだという選択をしたときは、私は当分の間この憲法論議は起こってこないと、むしろ逆に、これをきっかけに日本がアメリカとの関係、アメリカとの軍事同盟関係を、見直して行く必要があるのではないかと、そして最終的には基地なき日本、基地なき沖縄の問題についても、やはり考えざるを得なくなってくるんじゃないかと国民が考え始めるのではないかと、そう(思います)。
私は、今日集まったみなさん方は、細かいところの考え方の違いはあるにせよ、やはり憲法は変えてはならない、憲法は守りたいという人達が大半だと思うんです。
世の中には全く逆の考え方をする人がいて、これだけ危ない世界になったんだから我々の安全のためには軍隊を持つべきだ、ましてや近隣諸国は非常に危ないじゃないかと、そういう議論をする人がいっぱい居る訳ですね。しかしながら私は冒頭に申し上げましたように、間違いなく、憲法9条を守るべきだと主張する人達の方があらゆる意味で正しい。私は信念を持ってそう言えるんです。
憲法が出来た当初の、ほんの2~3年の間なんですけれども、文部省が『あたらしい憲法のはなし』という簡単な教科書を作ったんですけれども、そのなかに憲法9条についてこういう行があるんですね。「我々は、これで陸軍・空軍・海軍もう有りません。それを放棄したんです。しかしながら、決して心細く思う必要はありません。何故ならば、我々は世界に先駆けて正しいことをしたんです。正しいことほど強いものは有りません」と、こう言い切っているんですね。これ素晴らしい文章だと、私は実はそれを発見したとき思った訳です。当時の文部省は、今と違って、随分偉いなあと思ったんですけれども《笑い》、しかし残念ながらその教科書はあっという間に無くなった。つまり、アメリカが、当時のアジアの共産主義化と言いますか、中国共産党(政権)が出来て或いは朝鮮戦争が始まって、一気に考え方を変えた。ですから幻の教科書ではありましたけれども、しかし少なくとも終戦直後の2~3年の日本人の考え方、或いは吉田茂以下政治家・リーダーの考え方はそういう考え方であった訳です。
ですから私は今こそ、そういった歴史的な事実を振り返りながら、我々の手で憲法を守っていく必要があるのではないか。つまり、日本という国は、今を生きている我々だけのものではない、死んでいった多くの犠牲者、小泉さんの言葉を借りれば“心ならずも死んでいった人達”の無念さと犠牲、そしてこれから日本に生まれて育っていく日本人“全て”のものである訳です。ですから今を生きる我々の責任は非常に大きい。そういう意味でこの憲法9条を守って行きたいと私は思う訳です。
今日は商社の皆様の手による憲法九条の会という事で、まあ私も随分いろんな所で出来ている憲法9条の会に呼ばれて同じような話しをしている訳ですけれども、改めて、商社憲法九条の会ということを、創られた有志の数十名の方に敬意を表して、私も協力させていただきたいと思っております。
今日はどうもありがとうございました。《大きな拍手》
(注記:中見出しは事務局が付けました。)