商社九条の会・東京
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活動の記録

講演記録

・講演:「日本経済を支える平和憲法」

・はじめに

 只今、紹介して頂きました辻井でございます。さっき都丸さんの素晴らしい唄を伺いました。その前に、2回目の会で品川さんのお話になった講演の記録を読ませてもらいました。財界人として体験に裏付けられた、そしてご自分が戦争に行かれた体験をしっかり踏まえてのお話をなさったようで、これが本当のノーマルな日本の発言だと私は思いました。したがって、私が何か付け加えられることがあるだろうか、何を話そうか、少し予定よりは理屈っぽくないことを話した方がいいんじゃないか、などと考えておりました。
最初に、日本の経済を支えていくにはどうしても憲法が必要なんだということを申し上げ、それから少し具体的な問題に入って行きたいと思っております。

・実態不明な日本経済

 今日は商社に関係しておられた方も多いようでございます。私にはいま、日本の経済が本当に好くなっているのか、あまり好くないのか、いろんな本を読めば読むほど訳が分からなくなってくる、というのが実情でございます。訳が分からなくなるのは、ある意味では私の理解力が足りないと言うこともあるとは思いますが、どうもそればかりではないようです。
例えば経済財政諮問会議で発表する数字と、財政制度等審議会で発表する数字が全然違うのですね。経済財政諮問会議ですと、「2012年にはプライマリー・バランスが回復する。つまり、歳出と税収を基本とした歳入とがバランスが取れるようになる。ただ国債の元利償還は別だ。景気も好くなったし、小泉という人の指導がよくて、日本の経済は非常に順調だ」、というようなことを言っております。けれども、財政制度等審議会になりますと、「2015年に消費税19%にし、歳出を30%カットした場合に、はじめてプライマリー・バランスが実現する」となっています。これ全く違う数字なんです。どちらも国の大変権威のある人たち、学者や専門家が参加していて、こんな風に数字が違うということはどういうことなのか、調べれば調べるほど訳が分からない。
また、国会での質疑を聞いていると、小泉という人は、その二つの全く違う意見を、都合のいい時はAの意見を、また別の時、増税が必要だというような時には財政制度等審議会の意見を持ち出す。「どっちが本当なのか、どういう風に貴方は思っているのか」と問われると、「適切に判断します」となる。その都度その都度、都合のいい数字を使うのが「適切に判断する」ということなのか。いよいよ訳が分からなくなってしまいます。
国会での審議ばかりではありません。例えば証券業界の人の意見を聞きに行きますと、これからは、株は上昇局面、いつ会っても上昇局面だと言うんですね。ですからゴルフのクラブと同じで、これを使えば30ヤード飛距離が伸びると言う。それが全部本当ならば今はもう1000ヤードぐらい飛んじゃうんですけれども(笑い)、どうもそうでもない。証券業界の人が、もうすぐ2万円になりますよ、と言っているうちに1万8千円がガタガタッと落ちて1万5千円になる。一つだけ昔と変わっておりますのは、株の値動きが物凄く荒っぽくなっている。今年の天気と同じです。集中豪雨みたいになったり、そうかと思うと旱魃になったり。で、そういう点では業界もどうも本当は、客観的な見通しは立てられないでいるのではないのか、というような気が聞けば聞くほどしてくる訳です。今は昔と違いまして、普通のというか、市民の人でも、入社して間もない人でも、多少株を持ったり、売ったり買ったりしている。そう言う時代になっておりますので、株の値動きの予測がつかないというのは、なかなか不安な状態ではないかと、そんな風に私は思います。
年金の問題になりますと、これまた非常に訳が分からない。今、この先生の言うことだったら一貫して揺らぎがないので信用してもいいのではないかと思っている人に金子勝先生という方がいらっしゃいますが、この金子先生が年金の問題について、政府の発表をいくつか並べて、やはり政府の発表は本当に信用できない、ということを仰っている。厚生年金の保険料率を年収の18.3%まで引き上げるのを15%までの引き上げに留め、代わりに支給年齢を65歳から67歳に引き上げた場合、年収の4割以上を確保できるとしたシミュレーションを一方では発表している。しかし全くまた違う、約4割という給付水準を維持できるかどうかも極めて疑わしいという結果も出ている。小泉構造改革というものは、その点では国民の将来の不安を放置していると思わざるを得ない、ということもきっちりとお書きになっている。
そういう点では小泉政権は政府の体をなしていない。役所ごとに違う数字を発表して、それを誰も一つに纏めようとしない。自分の都合のいい数字を発表している。それでは本当に政策というものにはなって行かないのではないだろうか。さすがに、2006年になって経済財政諮問会議民間委員の吉川洋さんから、4%もの高い名目GDP、~名目成長率ですね~、を設定して、4%ずつ毎年伸びれば年金が払える、そういう前提は少し無理なんじゃないか、数字合わせじゃないか、という異議が、質問が出てくる。そういった本質を突いた質問が出ると、竹中平蔵総務相、中川秀直政調会長と谷垣禎一財務相、与謝野馨産経相で路線が対立する。本当の声、意見が出ると直ぐ閣内で路線が対立する、という風なことですから、これは一番上の人が経済のことを分かってない、と思わざるを得ない。ですから、そういう点では今の政府は非常に頼りにならないし、信用できない。

・日本経済を支える世界の平和

 そういう中で一つだけはっきり言えることは、日本の経済はいろんな角度から見て、やはり世界が平和でないと成り立たって行かない、ということです。これはいろいろ考えれば考えるほどはっきりしてくる訳でございます。貿易の数字をとってみるとそのことは非常に明らかになる訳でございまして、油を積んだ船がマラッカ海峡を平和に航行できなければ、日本の産業はたちまち干上がってしまう。そういう意味では、世界の経済の二番目の大国だと言っておりますが、数字で見ると確かにそうなのですけれども、その数字は世界が平和であるという前提の上で辛うじて成り立っているのです。ですから、どうしても大きな戦争があったり、海上を平和に航行できる状態が守られていないと、日本の経済は即座に非常な苦境に陥るということがはっきりしています。それなのに今政府がやってることは、平和に貢献してると思っているのか、平和を危なくしてると思ってるのか、その判断が出来ていないように、私には思えて仕方がないのです。

・成長軌道に乗る中国経済

 平和が守られてなければいけないということで、もう一つはっきりしているのは、アジア諸国の経済が間違いなく成長軌道に乗ってきていると言うことであります。なかでも中国の経済というのは、いろいろな数字が発表される度に大きさが実感できるような変化がございます。今年になって、中国で一番権威のあると言いましょうか、力のある「全国人民代表者会議」~日本で言うと「国会」、日本の国会は権威がありませんが。もっとも単純には比較出来ませんけれど~、「全人代」の発表では、5年経つとGDPは世界第3位になる、ということを発表しております。私が、たまたま今年の春に北京に行きました時に、胡錦濤さんとか、中国の首脳の方に会って尋ねましたところ、「いやいや今は自由市場経済システムを導入してるので、なかなか計画経済みたいに、5ヵ年計画という風にはいかない。それを一つの目標にして、自由経済の良さを活かしながら誘導していくしかない、それで非常に苦労しています」、ということを外国人の私なんかにも言うのですね。「日本の経験なども自分たちは本当に学びたいんだ」、とも言っています。

靖国問題と日中経済の今後

 しかし、そういうところへ「靖国へ行く」ってなことをやる人がいるものですから、もう非常にギクシャクせざるを得ない。靖国の問題については、私が~4月に会った時だったか~、1時間半ぐらい、中国のいろんな問題点についての説明があった時に、中国側が一言触れ、「靖国の問題は非常に困ったなと思っておりますけれども、それはそれとして中国と日本の親密な関係をどうやって固めていったらいいかということについて、真剣に我々も努力しますから日本の方でも頼みます」、という風な話でございました。
その会には新聞記者の方が入っておりません。終わって、駐在員とは別に、日本から来られた日本の記者との会見がございました。そしたら、「今頃、あんた何しに北京なんかに来ているんですか」、と言う風な詰問ですね。~記者会見での質問ではない~。私は吃驚しちゃって、もっともこれは私への質問じゃなくて、その時は団長格で行った橋本竜太郎さんへの質問でございましたが・・。それにしても、国家主席に会った後の記者会見ですから、胡錦濤がどんな話をしたんですか、と言う風な質問が出るのが当然だと思いましたけれど・・・。どうも少し様子がおかしい。「瀋陽で外交官が自殺しているじゃないですか、それなのにあなた方は友好を言いに来たんですか」と。まぁ特定な新聞社の人でしたけれども、これは大変、日本は言論もちょっとおかしくなっているのかなという印象を私は持ちました。
と申しますのは、経済で見ますと中国と日本との貿易だけをとってみても、大変強い関係になってきている。2004年のデータしかありませんけれども、中国の対日貿易についていいますと、2004年では944億ドルが日本からの輸入で中国全体の輸入の中では16.8%になります。また、輸出は735億ドル。中国全体の製品の輸出のなかでは12.4%のシェアで、その伸びは23%。輸入のほうは伸びが27%という速度ですから、あと5年経って中国の経済が世界第3位になった時には、もっと大きなものになっているでしょう。中国も日本の経済がおかしくなることは非常に困るし、日本の経済も中国と友好関係を持つことで支えることができる。その意味では切っても切れない関係に、数字でみるとなっているのですね。
なお今年の日本の統計、~これは信頼おける統計のほうに入ると思うんですけれども~、日本の対中貿易をみると、輸入は、1月~5月の累計ですけれども、470億ドル。つまり日本全体の輸入総額のうち中国からの輸入は20.3%のシェアを持っている。伸びは6.5%。それから輸出は347億ドル。日本の輸出総額の13.7%を中国へ輸出している。
そういう数字がどんどん出てきますと、これはもう平和に仲良くやっていかなければしようがないということになります。言う必要もないくらい両国はいい関係を結んできた。いい関係を結んできたについては、日本側は、中国の人たちのものの考え方や感じ方について考え、中国側は、日本の人たちのものの考え方について敬意を払う、両方がそういう態度に出ないといけないのではないかという風に私は思うのです。そういう時に、「いや私は靖国へ行きたいから行った。何が悪い、外国には掣肘されない」という風な発言を一番の責任者がすると、これは非常に具合が悪い。私が所属しております「日中文化交流協会」が首相の靖国参拝についてこういう風に言っています。ちょっと長いですけれども読みますと、「8月15日、小泉首相が靖国神社に参拝されたことは誠に残念である。この行動に関する首相の説明はその時々で違い、多くの点で矛盾している。ここまで国際的な関心事になった以上、この問題は常識に従い、アジア諸国の立場や主張も勘案し、国内で充分に議論をして結論を出すべきだ」。
自分は行きたいから行った、心の問題だと言うのでは、公的な立場は行動を決める要素にはなっていない。心の赴くままに、長期的に見れば国の不利益になるかならないかなどは気にしない行動ということであれば、今後もこういう行動を起こすというお人柄なんだ、~たいがい9月にお辞めになる訳ですけれども~、劇場的効果を狙ってこういう劇的行動をとる。こういうことをやれば支持率が上がるんだという、何を考え何をするのか分からない。それは時限爆弾を抱えているようなものじゃないでしょうか。我々の理解では、愛国者というのは、先ず国家の長期的見通しの上に立って何をするのが国益になるかを考えるもので、自分の感情や利害を真っ先に押し立てる人のことではない、ということを言っている訳であります。そういう点では、靖国の問題とか、憲法の問題になると、凄く感情的になる議論っていうのがどちらの側にも多いのですけれども、大事な問題については感情的にならずに、じっくり話し合うという姿勢を、こういう際には、是非我々は固めなければいけないと思います。

・日本の外交が輝いていた二つの時期

 大事な問題がいくつも、実は日本の前途には横たわっている訳であります。で、そういう点では外交が非常に大事な時代になってきている。ところが、日本に外交政策というものがあるのだろうか、ということをこのごろ私、時々考えてしまうんです。
日本は外交が苦手なんだとよく言われますけれども、私はそれは事実と違うと思います。日本に外交政策があって、それが輝いていた時期が2回あります、明治以後。
一つは明治維新から後の20年間ぐらい。その時はどうやって不平等条約を改善して、日本を欧米諸国と対等の立場に引っ張り上げていくかということで、維新の指導者は苦心惨憺しておりました。その時は、経済力は問題にならないくらい低いし、弱い。軍事力も問題にならないくらい弱い。ですから一所懸命知恵を出して、国際関係を読んで、日英同盟などを結んで、つまり諸列強の競争を日本にとって有利に利用して、日本を独立国に引っ張り上げてきた。この時期日本の外交は輝いていたと私は思う。
もう一回、それは日本が戦争で負けてからの高度成長に行くまでの20年間、1945年~1960年代。この間もやはりどうやって日本が独立国として一人前になれるかということで、日本の指導者、幣原喜十郎さんとか、吉田茂さんとかが、私はそういう人たちが本当に苦労したと思うのです。

・日本国憲法制定の経緯と吉田外交

 吉田茂氏は在任中はいろいろと批判もありました。あの人はリベラリストであったけれども、民主主義者ではなかったと私は思います。しかし、日本を本当に独立させていくにはどうしたらいいかということでは、やっぱり一所懸命外交を考えていた人だったと思います。彼の眼目は、戦争に負けた国が軍隊を持ったら、これくらい惨めなことはない。勝った国の言うなりになって、勝った国が自分の国の兵隊を死なさない為に、負けた国の兵隊を使って軍事外交などをやる。だから今この経済の状態で日本が軍隊を持たされたら、これは終わりだ、というのが吉田茂さんの外交の基本にあった政策だ。白洲次郎というような人の意見なども使いながら、どうして軍隊を使わないでこの苦境を突破できるのだろうかと思案している時に、憲法の草案が総司令部から降りてきた。読むと、憲法九条というのがあって「戦力を保持しない」と書いてある。それを見て吉田茂という人は膝を打って、向こうから言ってきたのだから、これはもう文句あるまい、これで行こうという風に喜んだと言われている。と言うのは、私は白洲次郎という人といろいろな場で、~私はずっと年下ですけれども~、話を聞くことがあって、それはその時は大変だったそうです。もっとも吉田さんはその後もそうですけれども、講和条約を結ぶ時に、東西の冷戦が始まっておりましたから、西の方だけと結ぼうとした。それで全面講和を主張する南原東大総長などとは、なるほど意見は対立致しました。そういった時代、意見の対立はございましたけれども、どちらも日本の将来を考えた上での意見の対立だったと思います。ですから議論があってもその議論には中身があって、その結果として、~外国の事情もあって~、いろんな結論が出た。結論の中には必ずしも当時の革新派にとっては満足のいかない結果も出ました。それは事実でありますけれども、しかし、議論しあう、闘いあう両方の勢力が、国を愛するという立場では共通性があったという時代だったのではないか、と思います。

・滅茶苦茶な現在の日本の外交政策

 ところが今はどうだろう。今はそうしてできた憲法を改正しようとしている。憲法改正を一番言っているのはアメリカです。だから、アメリカの言うなりになることがお好きな政治家は、改正しようという訳ですね。で、その改正しようと言う人の理由は、あれは押し付けられた憲法だと言うのですね。しかし「改正」するのが押し付けられているんじゃないのか。そこでは明らかに矛盾がある。で、そういう点でいきますと、日本の外交が輝いていたのは、経済力も軍事力も極めて問題にならなかった二つの時期だったということを考えますと、感慨深いものがあります。
今は、「文句あるのならODAを止めるぞ」とか、曰く「日本を常任理事国にしてくれ。日本が一番お金を出してるじゃないか」、~金出せば常任理事国になれるのか~、というような今の考え方、これはもう私それを見た時こんなに恥ずかしいことはないと思いました。アナン事務総長に「常任理事国になる希望の説明をする時に、お金を出しているからと言うのはあまりおっしゃらない方がいいのではないですか」と嗜められて、それでも、それがどんなに国際的に恥ずかしいことなのか、日本の政府は思ってはいない様子でございました。そういう点では、外交もどうにもならない。中国ばかりではありません。アジア諸国との友好関係はかなり滅茶苦茶になっている。例えば今年開かれたASEANの会議でも、小泉さんは蚊帳の外にいるしかなかったようであります。で、そのASEANの会議については、ここに新聞報道を、一応切り抜いて持って参りましたけども、議長国マレーシアのアブドラ首相が噛んで含めるような口調で語っている。その2日後のサミットに参加するインドやオーストラリアは不在、共同体の主役はASEANが持つべきだという主張をマレーシアの首相がした時に、日本の総理は黙って聞いて頷くしかなかった。ですから、どうもあのひとは或いは内弁慶なのかもしれない。家の中では四股踏んでえらく勇ましいのだけれど、さあ、外国へでるとどうもさっぱり発言が出来ないのじゃないか、という風な感じがするくらいでございます。

・佐藤栄作氏がノーベル平和賞を受賞した理由

 しかし、そういう私たちはどうなんだということになりますと、例えば僕の場合はあまり自信がありません。自慢できない経験を持っています。と、申しますのは大分前の話ですけども1974年、ですから30年以上前、その時はもう総理は辞めている時ですけれども、佐藤栄作という人がノーベル平和賞を受けました。で、日本人は皆吃驚したんですね。どうして佐藤栄作さんが「平和賞」なんだ、誰か余程運動したのではないか、とかいろいろ言われました。しかし、私が外国の特派員やそういう人たちに聞いてみると、どうもそうではない。佐藤栄作という人は、約5年近く総理をやっていましたけれども、在任中、日本は絶対に『核』を持たない、非核武装、そして平和を守るんだ、ということを言い通した。これは「平和賞」に値するじゃないかということで受賞したのです。ということは逆に言えば、日本人が軍備をして、核などを持ったら何をするか分からない、~「気違いに刃物」という表現は外交上は使えません、誰も使えません、どの国も使えませんけれども~、日本が危なっかしい国だという風に、少なくとも1974年の頃までは思われていたのですね。その後は変わりまして、もっと下品な国、金でどうにでもなると思っている国だという風なのが付け加わったと思うんですけども・・・。

・現在、日本は他の国からどう見られているか

 日本の国際的な信頼度は決して、残念ですけれども、高くない。憲法には「われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたい」と謳っています。その国際社会が本当に「圧迫と偏狭を永遠に除去しよう」としているかどうか、これは僕、怪しいと思います。これはアメリカの「原案」ですから、自分の国がそうしていると思っていたのでしょう。そういう点は、あんまり説得力はないと思いますけれども、その「国際的に名誉ある地位を占めたい」と言っている点、これはその通り受け取っていいだろう。我々が占めたいということですから。ところが、どうも日本という国は、経済は強いけれども、それ以外のところはどうなんだ、あまり信用はできないのではないか、いう風な感じが非常に、国際社会では強いのではないかと私は思っております。
例えばここに、中国の80年以降に生まれた若者の「対日観」というデータがあります。これは精華大学の比較文学の先生と、「植民地文化研究会」の西田勝さんという教授が共同でアンケートを取って纏めたものです。それによりますと、日本人の一般的なイメージは「勤勉」、「有能」、それが強い。夫々そういった項目票が75%或いは69%という高い票、パーセントなんです。日本人の人間性という質問になりますと、一変して、日本人の人間性は「良い」と答えた人は僅かに10%、「悪い」と言う人が44%、「信頼できる」、「近づき易い」と答えた人が15%、或いは19%、「信頼し難い」、「近づき難い」、55%或いは39%と非常に悪い。それは日本の政治家のトップのイメージが反映しているとしたら、これ、我々日本人には大変な迷惑。しかしそれくらい国際的に日本は孤立を深めている、という風に考えてもいいのではないでしょうか。これはそういう点で今、我々は冷静に認識して、改善をして行かなければならない努力目標が提起されているというように私には思われてなりません。

・我が国で受け取る情報の偏り――キューバの例

 そればかりではなくて、例えば、我々は外国に関する情報をどれくらい正確に受け取っているかということになりますと、これもまた極めて疑問視せざるを得ない。
私は10年ほど前、キューバの「国際映画祭」へ参加したことがあります。私が関係していた映画作品がその「映画祭」に懸かるものですからキューバに行ったのです。日本の飛行機は直接飛んでいませんから、その場合はメキシコで降りて、アメリカで仕事をしているビジネスマンの友人を誘って行くことにしたのです。ホテルのロビーでその友人を待っておりましたら、友人が両手に山のような包みを提げて、リュックサックを背負ってロビーに現れました。私は吃驚して「その荷物どうしたの!」、「いや、キューバに行くんだから、トイレット・ペーパー、石鹸、タオル全部持ってきましたよ、ご安心下さい」、と言うのですね。私もさすがにちょっと心配になって「キューバってそんなにひどいのか?」、「だってキューバでしょう?」、~ねぇ「きゅうば」凌ぎにそんなこと言ったってしょうがないんだけども~。(爆笑)で、ハバナに着きました。とにかく国際映画祭だから行かなくてはと行ったわけですが、石鹸やタオルがないどころじゃなくて、アメリカのホテルが軒並み出ているのですね。ヒルトン、シェラトン、マリオット、ハイアット。吃驚しました。アメリカはキューバと国交断絶しているはずじゃないか、と聞いてみると、「国交断絶はしています。だからヨーロッパのヒルトンが、ヨーロッパのマリオットが出している」。一軒もホテルが出ていないのは日本だけ。もう涙ぐましい忠実さですね。ホテルなんか出そうとしたら外務省が猛烈に反対するでしょうね。「そんなことして、アメリカのご機嫌を損ねたら、あんたどうするんですか」などと言うに違いない。出そうとしてみたらよかったと思うんですけれども、多分そう言う。で、見ていると、大型の旅客船、客船がどんどんヨーロッパから百人単位で、何百人という人をキューバに運んできていますね。ですから、ヨーロッパの子会社が出しているというのは、政府の体面だけは考えてやっているんだろうけれども、キューバを観光地として、みんなが求めているということだったろうと思います。
そればかりではないのですね。映画祭ですから、日本で言うとその頃の「運輸省」に当たるのか、そこのお役人が私たちをキャバレーに連れて行ってくれたんです。社会主義国でキャバレーっていうのは珍しいことだなと思って行きましたら、野外のキャバレーでした。大きな舞台があって、300人ぐらいでラインダンスを踊ってくれた。これは見事なものでした。客席ではボーイさんが飲み物を配るだけで、女の人はいないわけです。
僕は感心して「こういうキャバレーは、お宅の国では他の都市にもあるんですか?」と聞いたら、
「ええ沢山あります。隣の都市ではもっと有名なのがある。」
「じゃあ、時間があったら行ってみたいと思うんですけれども、なんというキャバレーですか?」
「それは『第2回党大会』というキャバレーです」(笑い)
で、私もよく分からないので聞き返したのですけれども、間違いなく『第2回党大会』という名前のキャバレーなのです。聞いてみると、その建物で今のキューバ憲法が決まったらしいのですね。とてもご機嫌になったカストロが「この建物は記念すべきである、どうやったら保存できるか党員諸君知恵を出してくれ」と言ったら、若い党員が手を挙げて「書記長!それはキャバレーがいい」と言ったらしいのですね。古参の党員は、あの跳ね上がりもんがあんなこと言ってどうすんだといって止めようとしたら、カストロが「それはいい案、いい考えだ。外貨も稼げるし、使っていれば状態も良く維持できるから、それにしよう」と言って決まったらしいのですね。半分くらい推測ですが・・・。
ですから私はそれは面白い話を聞いた、というので日本に帰ってきて共産党の幹部の人に、「あなたがた、キューバに行くことあるでしょう。是非悪いこと言わない。キャバレーにいらっしゃい」と言いました。「あぁ分かった」と言ったけど、「キャバレーへ行ったよ」という報告を、私にした人は一人もいないですね。おそらくそんなこと言ったら、週刊誌だとかが、“堕落した日本共産党”と(笑い)、うるさくてしょうがないでしょう。行ったか行かなかったか知りませんけれども、黙って、黙っててもいい、いろんな社会主義の国があるんだという認識を持ってくれれば良いのですけども・・・。
やはりそういう点で、私たちのキューバ認識がどうかと言えば、アメリカのCNNかなんか知りませんが、アメリカのマスメディアの傘の下に入り切っちゃっている。キューバはやっぱり確かに貧しい。カストロさんが亡くなるようなことがあったら、どうなるのかそれは非常に心配です。それは非常に心配ですけれども、しかし、アメリカのマスメディアの傘の下に入って判断されている「キューバ」とは、実態はかなり違う。キューバはほんの一つの例ですけれども。

・我が国で受け取る情報の偏り――ロシアの例

 もう一つの例としては、4年ほど前、私はシベリアへ10日ほど行ったことがある。そこでは、トルストイの教えをいまだに信じている人が、絶対平和、徴兵も忌避するということで平和主義を、非戦主義を通している人がいる。そういう人たちが今どうしているかを調べたくて、NHKの取材も兼ねて行ったのですけれども・・・。
今、シベリアは物凄く悲惨な状態になっている。というのは、自由市場経済になったものですから、効率の悪いシベリアに投資する人は一人もいないのですね。昔ソヴィエト体制の頃は、軍事的な目的もあって立派な舗装道路が造られて、ということだったのでしょうけれども、今はその舗装道路がぼろぼろになっていて、とても車で30キロぐらいのスピード以上は出せない。で、隣り村まで200キロぐらいあるのが普通ですから、村から村へ行くのが一苦労なわけです。
トルストイアンが、最初、ツアー、皇帝陛下に追われてだんだん東のほうへ来て住み着き、それから今度は、スターリンに追われて極東シベリアとか、南シベリア、シベリア地方に何ヶ所にも分かれて住んでいる。そこへ行っていろいろ話しを聞いてみると、「スターリンの時代は良かった」という人が非常に多い。私は吃驚して、「だって先ほど記念館で見たけれども、あなたのご主人はスターリンに殺されたんでしょう?」と言うと、「えぇ、そうです。だけども生きていけた。今では自由市場経済になったから、生きていくことが出来ない」と答えるのです。どんどんモスクワとかの大都市へ、イルクーツクとかそういうところへ行かないといけないということで、もう実に大変な状態なのです。
私は、自由な国になって良かったと、無邪気に喜んでいた自分のおめでたさを非常に反省させられた。ロシアが今どうなっているかについて、サンクトぺテルブルクとかモスクワへ行って、「ロシアは素晴らしい、やっぱり自由経済だ」とただ単純に、大きな国の場合、主要な都市だけ見て、判断するのは非常に危険だということを知りました。
そういう点で我々は、やはり外国の、殊に大きな国の情報については、~キューバは小さい国ですけれども~、かなり粗末な情報しか持っていない。そういう反省を致しますと、日本の政府が外交政策について大変な失敗をしていても、私たちはピンと来ないで見過ごしてしまう場合も多いのではないか、と私は思いました。

・小泉首相が高支持率の理由

 ですから、そういう点で経済の実態が全く訳が分からなくなっていることと、二番目に外交政策が滅茶苦茶になって、日本は軽蔑はされても尊敬はされていない、しかも孤立しつつあるということなどを考えますと、これはこのままほっとくわけにはいかないのじゃないかとつくづく思います。ほっとくわけにはいかないということを、だから憲法を改正しなきゃいかんということに結びつけていくのは、これはもうなんと言うか、私はどうも庶民出なものですから言葉が悪いんですけども、“盗人猛々しい”、というのがピッタリするのではないだろうか、と思います。何故そんなことになってしまったのか。日本全体が混乱と危機を孕んで、次第に国際的な社会の中で沈みこんでしまっている。それ、どうやったら直せるんだ。それは、やっぱりどうしてそんな危機に嵌まり込んでしまったのか、ということを考えなければいけない。
例えば、小泉さんの支持率というか人気は歴代で2位になるそうです。これは朝日新聞の記事ですが、1位が細川護熙さん68%、小泉純一郎さんが50%、三番目が羽田孜さん47%、海部俊樹さん47%、池田勇人44%。もっとも、就任当初は大体支持率が高い。それがだんだんと落ちてくる。細川さん、羽田さん、海部さんは任期が大変短かい。ところが小泉さんは5年間やって、先ほどから申し上げたように滅茶苦茶なのに、やはり歴代二位。これはどういうことか。これはちょっとほっとく訳にはいかない重大な問題ではないだろうかと思います。池田勇人さんが44%とか、長くやった人、中曽根康弘さんが40%とか、佐藤栄作さんが38%、これは分かるんですけども、そういった人たちと較べて、政策体系を持たなかった小泉さんがどうしてダントツに50%の支持率を集めたのか、これは人ごとではありません。
どう言うことかというと、例えば、この前の衆議院選挙でも圧倒的な票を小泉さんは集めました。これは反小泉派の完全な敗北です。なぜそんなに小泉純一郎の支持率が高いのか。小泉純一郎という人に投票した人は、この人が憲法を改正するとは夢にも思っていない。夢にも思っていなくて、誰もそのことを教えなかったからです。結果として教えなかったと同じ状態で事態が推移したのです。
これは、小泉さんを非難しているだけでは済まない問題だと私は思います。おそらく9月になりますと人が代わって、そうすると「憲法改正」は日程に上ってきます。これはひたひたと危機が迫っていると、そう私は考えている。ところが最近出したり引っ込めたりしているいろんな法律、例えば「共謀罪」です。これは昔の「治安維持法」も吃驚するような内容を持っている。一番力を入れているのが「教育基本法」の改悪でしょう。これは子供の頃から愛国心を植えつけようとする法案です。それを言ってる人に、「愛国心」なんて言うのは上から垂れ流しで植えつけられるものではない、あなた方そう言いたいのなら、愛したくなるような国を創ってみたらどうだ、それが先決だ。心の問題を上から強制するというのは基本的に人権に反する、と私は言いたいのですけれども、これがなかなか予断を許さない情勢になってきた。しかも共謀罪などは、テロ予防に名を借りてテロの相談をしてるのを早めにキャッチしたいというもの。表向きはそうも言えないから、麻薬の問題を取り締まるにはやはり「共謀罪」は適用し易い。という風に兎に角テロに名を借りて、藉口(しゃこう)して、自由を奪う、人権を抑える。これはやはりアメリカの子分だけあって、ブッシュのやり方を真似してるのではないだろうかという風に思います。
面白い現象が一つあります。靖国問題で非常にリベラルな発言をした加藤紘一という人の自宅が焼けました、右翼の放火によってと思われますが、焼けました。昨日、小泉さんはその問題について新聞記者に聞かれて、「言論を暴力によって、脅迫によって抑えようとするのは良くない」。ところが、右翼が放火して加藤紘一さんの実家が焼けたのは15日です。15日から13日も経って新聞記者に聞かれて、初めてこのような発言をした。なぜこんなに鈍い反応なのかと言うなら、テロの問題について本当は真剣に考えてないのではないでしょうか。ある新聞が、あれは、自分の気に食わない意見を言った政治家の家に放火をするというのは、国内のテロじゃないか。小泉という人は、ブッシュに協力して外国のテロについては機敏に反応しているのに、国内のテロについては何も意見を言わないのはどういうことなのか、と社説に書いたんですね、~何新聞かは忘れちゃいましたが~。それで吃驚して、そら大変だっていうんで、自分も反対だと言ったのではないかと、私はこれは邪推している。つまり、それくらいブッシュの命令には敏感に行動を起こしても、日本の国内における基本的人権への脅迫についてはピンと来ない人がいるというのは、これはとても心配なことではないか、と私は思っている。

・私は絶望しない―その理由

 それはそうなんですけれども、絶望論、日本はもう駄目だと思うのは、私はちょっと本当ではないと思う。先ほども申しましたように、小泉純一郎という人に投票した人は、あの人が憲法を改正すると全く思っていない。あの人は自民党をぶっ壊す、改革をするんだ、格好いいじゃないか、というんで投票した。多分、圧倒的にそういう人が多かったと思います。ということは、本当に憲法を改正するのかしないのか、ということで世論を集めたら、もし情報が正しく伝わっているとしたら、今の憲法が大事だよという人のほうが、私は圧倒的に多いと思います。問題は、潜在的には圧倒的に多いはずの意見がどうして表に出てこないのか、簡単に騙されてしまうのか、というところが非常に問題でして、これはほっとくわけにはいかないことだと思います。

・日本社会の構造と感性の変化

  一つは、この30年くらいの間に日本の社会の構造と感性が変わった。殆どの日本人が「中流」だという風に言い、かつ感じていた。しかし、その中流が上と下に分解を始めておりまして、日本の経済全体が高度成長期を終えましたから、パイはそんなに大きくなっていない。そんなに大きくなってないから、放っておくと、自由市場経済で力の強い者が自由に動き廻れるようにしておくと、ごく少数の「上流」と大多数の「下流」とに、だんだん分かれていく。三浦展という人が「下流社会」という本を書いておりますけど、それを読むと、上(じょう)と下(げ)に分化して、~「下」とは、「意欲、能力」が低いという風に見られていますけれども~、日本の社会全体の階層分化が以前と違ってきた。だから、日本社会の変化を的確に捉まえないと、もう日本の社会で、なんと言いましょうか、いわゆるソーシャル・モビリティーというのか、社会的な変動可能性、これが非常に減ってきているのは事実です。
例えば、戦争が終わったあとで本田宗一郎さんとか、松下電器の松下幸之助さんとか、そういう人が町から出てきて、見る見るうちに世界的な企業に伸びて行った、というようなチャンスはなかなかもう来ない。一部IT産業或いはファイナンス事業で、法に触れなきゃ何でもやるぞ、というような人が一時的に成功したように見えることはあっても、長続きはしない。ということになりますと、もう決まってしまっている。だから、努力してもなれっこないから、自分の好きなように生きるほうがいい、という気分が大変広がってしまった。諦めている人が大部分になってしまった。だからそういうところへ自民党をぶっ壊すなどと言う人が出てくると、「あっ!今度はカッコいいんじゃない、今度は投票してみよう」となる。政治のことに関心を持てない人、恐らく新聞を読んでない人も、物凄く増えていると思います。ですから、そういう社会全体の変化を本気で捉まえようとしないといけないんじゃないかと思います。

・大衆社会の変化に敏感な保守派トップ

 私はよく話をするので、他のところでも話しましたからお聞きになった方もいらっしゃるかも知れませんけども、もう大分前の話ですが、中曽根康弘という人が、総理になった時だったか、総理の時だったか、ある時若い経営者の人が20人くらいで、中曽根さんの話を聞くという会がありました。
「こないだ自分は横浜スタジアムへ行った。そしたら、満員だった」と中曽根さんは言うのですね。「自分は、演説はなかなか旨いつもりだけれども、あの横浜スタジアムを満員にする自信はない。どうしてあんなに人が集まるのか、誰か説明してくれ」と言うんですね。その時は、グループ・サウンズの音楽会、「かぐや姫」じゃないかな、そういう人達の音楽会だったらしいのです。その席に「堀プロ」の堀さんがいたので、「堀さん、あんたの出番だよ」と僕が言ったら、中曽根さんが、「今これから有名になる歌手ってどんなのがいるんだ」、と聞いたんですね。堀社長は、「いゃ~、総理それはさだまさしです」と言ったら、ちゃんと手帳を出して書くんですね。さだまさし、さだまさし。更に「なんていう曲がいいんだ」と聞くと、堀さん、何も政界のことを知りませんから、
「総理、それは風見鶏ですよ」(爆笑)。
その時、中曽根さんには「風見鶏」という、密かにそういうあだ名がついていた。僕は吃驚して、中曽根さん怒り出すんじゃないかと思ってたら、10秒ぐらい黙って、「なんだか、僕みたいだなぁ」(大爆笑)。みんな、わぁっと笑って事なきを得たんです。
けれどもその時、僕は、あっ、これは負けると思いましたね。保守党の総理になった人が、どうして、「かぐや姫」があんなに人を集めるのかと勉強しようとしているのですよ。
僕はその話を、政党名と個人名は言いませんが、ある革新政党のトップの人に言いました。「中曽根という人はそこまで勉強してねえ、きっと風見鶏を買ったよ。買って聴いてるよ。あなた方も大衆社会の動きについて、関心をもう少し持たないとまずいんじゃないの?」と言ったのですよ。しかし「だってあの人は、憲法改正でしょ。その人の例を参考にするつもりはない」というんですね。うーん、そんなことを言ってるんじゃない。中曽根さんを参考にしろと言ってるのじゃなくて、社会の方に目を向けて勉強をしなさい、ということを言ったのに、と思って私はとても暗い気持ちになったのを憶えています。それは革新政党のリーダーを非難するだけでは足りないのでありまして、私たち自身の問題でもあるのです。

・大衆社会における護憲派の情報ギャップ

 これも前に話したことですが、つい最近、去年ぐらいからクラシックのCDが売れるようになった。その理由をご存知ですか。で、訊いてみても、財界人の方はほとんど知りません。あまりに軽薄な音楽が多いので反省したのかなぁぐらいの程度です。財界人というのは、あまり質の良くない人がなると相場は決まってます(笑い)、私もそうですけれども・・。平和憲法を守ろうっていう側は、やっぱりそういう社会の変化に敏感にならなければいけない。
売れてる理由は簡単なんです。『のだめカンタービレ』っていうマンガが、物凄い勢いで売れているのです。もう20巻ぐらいまで出たかな。講談社の「マンガ大賞」まで貰った。音楽学校の生徒「野田恵(めぐみ)」ちゃんというピアニストと、それから何と言ったか、カラヤンのような指揮者になりたいと思っている学生を中心にした、学園の恋愛事件などを扱ったマンガなんですが、読んでみるとなかなか面白いんです。野田恵(めぐみ)ちゃんもコンクールなんかにも出るのだけれども賞が取れない。何故取れないかというと、天才的ですから弾いている内に、ここ、こういう風に直したらもっといいだろう、というので曲を変えちゃうんですね、勝手に。だから審査員から睨まれて、落ちちゃうという風なことを繰り返しているのです。その中で、ベートーヴェンの「月光ソナタ」だとかが出てくると、それを読んだ中学生か高校生が、ミュージック・ショップへ買いに行く訳ですね。チャイコフスキーのアンダンテ・カンタービレとか。その内には実際にはない、漫画家が作った曲を買いに行って「そんなのありませんよ」と言われると、「どうしてないんですか?」(笑い)というようなことなんです。で、段々売れ行きが高まるという風なことがあるわけです。
そういうことに恐らく「いちば~ん」というか、グループとして情報が欠落しているのが、やっぱり「平和憲法、守れ!」と言っている人とか、頑張っている人が欠けているのではないかな(笑い)。これは大変なことです。その状態はやはり直さないといけないと思っていたら、さっき都丸さんの歌を聴いたので、やっぱりいいな、「商社九条の会」は違うな、と思ったのです(笑い)。それぐらいギャップがある。大衆社会と、真面目に日本のことを考えてきた人との間の距離が開きすぎている。これはほっとく訳にはいかないギャップだ、と私は思います。
だから、皆さん方も、今日は若い人が多いから(笑い)、お孫さんはいらっしゃらないかもしれないけれども、お子さんにいろいろ聞いたらいい。子供たちは絶対にオヤジ連中よりは情報人間になっていますから。皆さんにお奨めしたいのは、子供たちから情報をお取りになったらいい。
中学生なんかに先生の威厳が届かない大きな条件の一つに、子供たちのほうが先生方より情報を持っているということがあるのですね。先生方は忙しくてしょうがない。PTAに「報告書」を出す。変な知事がいるところでは、すぐ変な人によって教育委員会が作られて、「君が代」の唄い方が悪いなんてなことになります。いやいやそんなことはありませんと「弁明書」を書かなけりゃならない。そういうところで先生方は忙しくてしようがない。ですから、『のだめカンタービレ』なんか見てる時間がない。子供たちはお互いにネットワークか何かで情報交換しますから、『のだめカンタービレ』なんかの話が出ると、先生は知らない。それだけで子供たちは、あの先生駄目だな(笑い)、ということになる訳です。この情報ギャップというものに、先生方はどれだけ泣かされているか分からない。それは先生方を助けてあげなければ可哀想だと、私はそう思います。その為には、こちら側が教えてあげられるだけの情報を持っていなければならない。ですから情報化社会は、真面目な意見を言う人にとってマイナスにばかり作用しちゃっている。それを直さなければいけないのではないかという風に思います。

・私が文筆専門になった理由

 そういう中で私は、正直に申しますと、経済界での活動をもう10年ぐらい前から止めてしまって、今は専らものを書くほうになっております。そのことについて、ちょっとご説明を申し上げておかなきゃいけないかなと思います。なぜ文筆専門になったのかということについて申しますと、私はずっと昔から持論として、65歳を越したら経営者というのは辞めないといけないのじゃないかと考えていたのです。だんだん時代も変りまして、直ぐに辞められないものですから、そうやって、1年なり2年なり延ばしたりしたのですけれども、やはり、もう経営者として少しでも世の中を良くするという時代は、そろそろ終わって来ているのではないか。むしろ日本の将来に希望を持ちたかったのなら、もっと自由な立場から思ったことを率直に言えるポジションが欲しいと考えたからです。
私は、この4月に橋本竜太郎さんと一緒に北京に行ったのですけども、ちょっとバツが悪かった。というのは、橋本竜太郎さんに、もう総理大臣辞めたらいいということを言っちゃったものですから、ずうっと以前に。それ以来あの人は僕に会うと、どうも君はあんまり僕のことを好いてないようだね、なんてネチッと言われます。ですから、バツが悪かったのですけれども、今や総理に「あんた辞めなさい」って言う経営者は、逆さにして振っても絶対にいません。そんなこと言ったら勲章の位がちょっと下がりますから、絶対に言わない。つまり、そこまで駄目になっちゃった。
石坂泰三さんとか、昔は侍がいて、あの鳩山一郎さんに「あんた辞めなさい」と言ったりした。辞めなさいっていう理由は、凄く保守的だったり、いろいろですけれども、やっぱり名誉や地位に拘らずに、直言をする侍がいたものです。いま財界には、財界で本当に立派な人は、品川さんぐらいです。品川さんはこの間お話になりました。私は大変よく存じ上げているし、尊敬する人ですけども、あの人の言うことは本気で、自分の生涯を賭けてしゃべっていますから、説得力がある。
そういう具合ですから私が自由に、言いたいことは言ったし、財界人の一員として言うことはもう限界が来ているなという風に思ったことが一つ。
それからもう一つは、日本のぶつかっている問題を経済人だけではない立場から考えるポジションが欲しいと思って、ビジネスマンの肩書きがなくて済むという道を選んだわけです。そういう道を選んでみますと、見えてくるのは如何に財界人が大衆社会から信頼されなくなってしまったかと言うことです。
「あの人、また変なことを言っている」
「そりゃそうだよ、財界人だもの」(笑い)
そこまで落ちたんだなという感じがしています。これ商社で仕事をしている人が作った会で言うとまずいかと思うんですけれども、昔は商社だってね、そりゃ三井だ、伊藤忠だ、三菱商事だって言ったら、それだけでちょっと道を避けるぐらい尊敬されていた。みなさんはそういう時代に商社マンとしてお過ごしになってきた方も多いと思いますけど、今はそうじゃないですね。やはりそういう点では日本が全体として、その大衆社会から見て価値の構造が変ってしまったのだと思います。
政治家もそうです。昔は「末は博士か、大臣か」という諺がありましてね、「あの子は本当に見所がある、末は大臣か博士になるんじゃないかな」という風に言われていたものですけど、今では大臣なんかになったら、村でなんと言われるか。「そうだろうねぇ、子供の頃から嘘つきだったもんねぇ」(笑い)。そんなことを言われるような状態になってしまった。
今度、9月にも新しい大臣がぞろぞろ出るだろうと思いますけれども、もう大臣になりたいばっかりにね、その候補者が憲法を改正しようと言っているか、消費税を上げようと言っているか、年金を誤魔化そうとしているのか、そんなこと関係ない。とにかく大臣になるチャンスに近づこうと思ってしのぎを削っている。ちょっと一国の政治を預けるには心配な人が多くなってしまった。そうでない人もいますよ。そうでない人もいますけれど、そういう人が多くなったということについて、我々はしっかり自分自身の問題として捉えなければいけない。他業種のリーダーなり、幹部を非難することは簡単ですけれども、我々自身が「ことば」を持たなければいけないと思います。

・日本語による思想表現と伝統

 その「ことば」について申し上げますと、思想がしっかり入っている言葉でないと困る。非常な誤解がここにもありまして、日本の文学は、或いは日本語は、思想を表現するのには不適切な「ことば」である、というような迷信がまだ文学の世界にも残っている。これは大変な間違いでありまして、日本人は実は、本当は非常に思想を巧みに表現する能力に長けておりました。
私はよく例を引くのですけれども、例えば、「古今和歌集」の仮名で書いた序文、仮名序で、紀貫之がやまと歌、和歌について書いています。その中に、
「力(ちから)をも入(い)れずして、天地(あめつち)を動(うご)かし、目(め)に見(み)えぬ鬼神(おにかみ)をも哀(あは)れと思(おも)はせ、男女(おとこおむな)の仲(なか)をも和(やは)らげ、猛(たけ)き武人(ものゝふ)の心(こゝろ)をも慰(なぐさ)むるは、歌なり」という文章があります。
これは今の言葉で読み直せば、立派な文学、詩の独立宣言である。これくらいはっきり思想を表現している例はないのではないか。そういうことに気がついて日本の文学を振り返ってみますと、たとえば、「源氏物語」が書かれたのは11世紀です。ヨーロッパで初めての小説と謂われているのが、日本語では「クレーブの奥方」という名前で翻訳されておりますけれども、ラファイエット夫人がその「クレーブの奥方」を書いたのは17世紀です。6世紀も前に世界的なロマンを日本人は書くことができた。
私もよく外国人に会って、例えば「世阿弥」、ピーター・ブルックという世界的な演奏家が、この間フランス語で「世阿弥」というのを読んで、「素晴らしい演劇論だ。日本は、14世紀から15世紀の始めに、あんな立派な演劇論を持っていた。ただ演劇論ばかりでなくて能役者としても一時代を築いた。あんな人が出ているのに、どうして日本のお芝居はもう一つ面白くないんだろう」、というようなことを言われて困ったもんですから、「いや、日本にはスタニスラフスキー・システムでないと芝居でないという時代がずうっとありまして、新劇という名の『旧劇』の勢力が強かったので、ちょっとチグハグな、中にはそうでない人もいますけれども」、てなことで弁解するしかない。

・タブーをなくして、大同団結を

 私たち自身が、日本の文化の優れている面について理解していない面がある。或いは、戦争中、伝統みたいなものを軍国主義者が勝手に捻じ曲げて悪用したものですから、戦争に負けた時に伝統から切り離されてしまったとも言えます。
今、我々真面目にものごと考えてる人たちに、実はタブーが多すぎるのです。一つは伝統というのは気をつけないとまずい。共同体もそうですね。人間ですから、共同体っていうのは本当は必要なのです。ところが、「隣組、壁に耳アリ、障子に目アリ」なんてなことで、「隣組」みたいのが共同体でしたから、共同体はもうこりごりだとなってしまう。そういうタブーがたくさんあります。タブーがたくさんあるのに比例して、大衆社会の変化に認識が遅れていってしまう。感性も遅れていってしまう。
それでいて、正しい認識だという自信がありますから、物凄く狭いところで突っ張りあう。ですから、セクショナリズムがいつまで経っても治らない。本当に私は、これはもう何としてもお願いしたいと思っているのですけれども、例えば今年も広島で原爆の記念の行事がありまして、毎年私のところへ、二つの団体から誘いがあります。どうして二つの団体から誘わなければいけないのか、どうして一本化できないのか。それができないのですね。やっぱりそれは俺は正しいとお互いが思い過ぎていて、正しいけれども、この際やはり一致団結しなければいけないのだと、どうして思えないのだろうか。昔ですとへたなこと言うと、お前は分裂主義者だ、お前は分派主義者だ、だからお前は疑わしい、てなことになってしまう。そんなこと言ってる時間はもうないのですね。憲法改正の足音、教育基本法改正の足音がすぐそこまで来ているのです。
いまこそ、小異を捨てて大同につく必要があります。小異を捨ててと言うと、「君、あれを小異と思っているのか、小異じゃない、あれこそ原則的な差異だ」ってなことを言うから、これはどうしようもないんですね、これが・・。
けれども、皆さん、商社の「九条の会」は、商社というのはいろいろ日常生活では苦労をしていますから、妥協すべきところは妥協し、統一戦線を作るという上では、皆さんの「商社九条の会」は、「九条の会」の中でも最も幅の広い活動のできる「会」ではないかと思いますから、本当にお願いしたいのですけれども、是非、正しいことの実現の為に、迫っている悪い軍隊の足音みたいなものを遠くへ追いやる為にも、皆さん方が本当に「共同体」だとか「伝統」だとか、タブー、アレルギー、そういったものを無くしていって下さい。
私が個人的に話をすると、革新政党の指導者も分かってくれるんですよ。ですけれども、「お前の言ってることは分かるけども、40年その方法で頑張っている地方の活動家のことを考えると、俺たちだけで変えるわけにはいかないんだよ」と。それも私は分かります、つらい立場は。今のリーダーたちのつらい立場は分かります。けれども、それっていうのは、やっぱり組織が老化してそれこそモビリティーを失っている証拠ではないのか、と私は思います。
皆さん方の顔を見ていると、訴えたいこと、言いたいことが次から次へと出てきて本当にキリがないのですけれども・・。こないだの選挙の結果を見ても、今までの政治を打ち壊したいという希望だけは、大衆の間に物凄く根強くある。だから本当にあの人は打ち壊してくれるのかな、という期待でもって投票した人が多いんだから、それはむしろプラス要因でもあるのです。昔は義理人情に絡まれて、あの先生は偉かったけれども、今の娘さんは、~娘さんと言っちゃいけないのかな~(笑い)、息子さんかなんでもいい、息子さん、娘さんはちょっとどうかと思うけれど、オヤジが大先生に世話になったのだから、じゃ、入れよう。これは義理人情。ある意味で「義理人情」が廃れたということは、日本を変える上ではプラスの効果もある訳です。ですから、そういうこともお考え頂きますと、決して希望が無いわけではない。もし希望がないとすれば、それは我々の現実に対応する能力が落ちてるからではないか、というようなことを最後に申し上げまして、時間になってしまいました。これで、私の話を終わりとしたいと思います。(盛大な拍手)
以上

・質問に答えて

辻井喬講師への質問(始めに司会者が読み上げ紹介した分)

  1. 身近のところで最近感じておるところですが、若い方々がボランティア精神で保守党の地域活動に多数参加しています。いわゆる革新の側では、今だこういった動きを見るケースが少ないように思います。きょうの辻井様のお話にもあった中曽根首相の話の教訓は現在ますます重要となっています。その辺り、具体的にどんな手だてを提起されようとしておられますか。お伺いしたく存じます。
  2. 戦争に対比する紛争解決手段として外交を挙げるが、説得力があった経験はあまりない。国連も実力に乏しい印象です。外交による平和の創出、維持を、どうお考えになるか。
  3. 九条の会の動きが今、日本を覆っている。各界のモヤモヤしたものと繋がっていることをわかり易く話していただき成程と思った次第です。そこで何が具体的にもっとも大切なポイントなのか、考え方なのか、特に強調したい点がおありになったらお教え願いたい。

辻井喬さんの回答
色々とご質問いただき有難うございました。最初のご質問も、終わりのほうのご質問も含めてお答えに入りたいと思います。
保守党の政治家のボランティアとして若者たちが動いていることはあるけれども、革新的な政党のボランテイァがいないようだ、というようなお話。あるいはそうかなという風にも思いますが、私はもうかなり前から、革新党、言葉のなかでは便利だから革新とか革新党とか言いましたけれども、保守党か革新党かということは、本当はあまり大事なことではない。その人がどういう意見を持っているかということが大事なので、いわゆる保守党の人の中にも憲法を守ったほうがいいと言う人も居るし、いろいろな人がいます。そういう点では政党によって分類するのではなくて、その人の憲法に対する意見とか、戦争に対する意見をチェックポイントにして、比較することをお勧めしたいと思います。分類して、あれは味方か、これは敵かというふうな分類の仕方が、やっぱり今はもうちょっとあんまり有効ではない時代になって来ているんじゃないかなと思います。
国連の問題についても、弱体化している、一見、アメリカの自分だけで何でもかんでもという単独行動主義というのが目立ちますけれども、しかしそれはボディブローのように段々と単独行動主義ではやっていけない事態が始まっている。ですからイラクの戦争というのは泥沼と言っていいか、第二のベトナム化の様相を来たしておりますし・・・・。で、そこで私は日本がなぜ何も発信をしないんだ、ということが残念で堪りません。日本は憲法第九条を持っているんですから、しかも他の国にないような憲法を持っているんですから・・。例えば核の問題についても核不拡散条約というのがありますけれども、被爆国として、新たに核を持とうとする動きを牽制するような発言は日本がすれば一番説得力がある。ところが、どうも国連のような場に顔を出す日本の偉い人は、心の底では憲法を変えたいと思っている人ばかり出ているというのは非常に困ったことで、そういう点でも、押されっぱなしに押されているということは、押されたほうにも責任があるよ、と言いたいと思います。
それで具体的に何が大切なことかという事については、私は一つだけ言いたいと思います。それは人間の美しさというか、人間のもっとも魅力的な能力っていうのは何かということ、それは敵を味方にすること、敵を味方に出来る能力、これは人間にだけ与えられている能力なので、敵を味方にする努力、敵を味方にするものの判断の仕方、これが大事だ。小さいところの差を、差異を取り立てて相手を論破して、それで勝ったと思っているのは、本当は大変な間違いです。相手の主張の中にも良いところがあれば、それを取り出して大いに議論する。議論しているうちに、やあ~、あんたの言うことも本当だ、自分はやっぱり憲法について間違っている、という様に、説得できる力、人間的力を持つことが大事で、分類原理主義、二分類比較――これはマスメディアが専ら使っている、小さい政府か大きい政府かとかですね――あれかこれかでもって問題を処理しようとする傾向が一番危険だとして、我々、真面目に憲法の問題を考え、平和の問題を考える人間が、あれかこれかではなしに、敵を味方にする能力を持ったときに日本は変わってくる。ちょっと抽象的ですけど、それだけは皆さんにお願いをして置きたいと思います。時間がほんとに無いので、どうでしょうか。いいでしょうか。
(盛大な拍手)
(追加の形で司会者が読み上げ紹介した質問)。

4. 選挙の度に思うことですが、国政、地方とも投票率が非常に低いことが気がかりです。如何に考えたら良いのか、ご意見をお聞かせ下さい。

5. 都内の大学に通っている者です。私の友人には、2パターンいます。一つは、政治(現在の日本の政治)に無力感を抱いて、政治に無関心になっている友人たちです。二つ目には、同様な無力感を持ちつつも、政治を何とかしなければいけないと思い、自分なりに勉強し、将来を考えている友人もいます。しかし、その友人も知れば知るほど無力感を感じ、どう動かなければ良いか迷い、不安に陥っています。このような学生(友人)に対し、何かメッセージがあればお願いします。

 投票率が低いということは大問題ですけど、それが関心を引く、若者たちを刺激して関心を引くような表現力の弱さということもとても大きいと思います。ですから真面目な人たちが豊かな表現力、人を見て法を説けと言うんですけど、相手が何を欲しているのかを認識して説得する。やっぱり自分も投票に行かなければならないような気持ちにさせるということは、これは我々の責任ではないだろうかと私は思います。

(再度追加の形で司会者が読み上げ紹介した質問)

6. 日本の財界の中の考え方として、アメリカを中心とした世界秩序(支配体制)を維持していくことが、日本経済にとって必要であって、従って、経済力に見合った軍事貢献をすべきというものもあるように思われます。「平和維持のためにこそ、9条改正を」という論理にどう対抗していくべきか?ということです。私自身としては、そうした世界体制こそ諸悪の根源かと思っていますが。

 それは、あんたの考え方は間違っているよ、大体の意見は採るところがあるけれども、その意見は採るところが無いよ、と言うしかないんじゃないですか。(笑い)

(更に追加の形で司会者が読み上げ紹介した質問)

7. 米国の日本に対する戦略(憲法改正等)について具体的に言ってください。

 アメリカの戦略は一寸戸惑いが見えています。それは日本がこのままで憲法改正に行っちゃった場合には、一寸これはまずいんじゃないか。それ位いまの日本政府の言動はひどいんですよ。ですから、そのことを日本人が黙っているのが、やっぱり一番世界に対しての貢献をしない態度じゃないかな。アメリカが、先ほどの佐藤栄作さんのノーベル平和賞の話しのときに申しましたけれども、日本がこのままでまた変な軍国主義になっちゃたら困るぞ、という風な不安をアメリカが持ち始めている。ちょっと軌道修正をした方がいいかなという意見の人がポツポツとアメリカのなかに出てきている。もう一方で、アメリカ内部の問題として、やっぱり今のアメリカ政府のやり方について、このままで良いのかなという反省も生まれて来ている。ですから、焦らずに、すぐ絶望したり、すぐ投げたりしないで、じっくり抵抗力をじわじわと強めていくということが、どうしても今の時代には大事じゃないか、辛抱が大事じゃないかなという風に思ってます。(盛大な拍手)
以上

【注記】
この講演録は、当日収録した録音テープとビデオ・テープを基に事務局の責任で文章化、校正、編集したものです。中見出しは事務局が付けました。

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