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活動の記録

第6回 講演会(講演と音楽のつどい)

日時:12月22日(土) 15:00~ 
第1部は  ザ・セインツ  男声コーラス 公演
       伊藤忠商事OB 男声カルテットによる 魅惑のコーラスです
第2部は  澤地久枝 氏  講演  「『小さな人間』について」


澤地久枝さん プロフィール

澤地久枝さん1930年9月東京生まれ。4歳の時満州(現在の中国東北部)へ一家で移住。14歳の時吉林市(今の長春市)で敗戦。引き揚げ後1949年中央公論社に入社。1954年早稲田大学第二文学部卒業。1963年「婦人公論」編集次長を最後に退職。五味川純平氏の「戦争と人間」資料助手をへて、独立。
著書に「妻たちの二・二六事件」「火はわが胸中にあり」(日本ノンフィクション大賞)「昭和史のおんな」正・続(文芸春秋読者賞)「滄海よ眠れ」「記録ミッドウエー海戦」(菊池寛賞)「雪はよごれていた」「六十六の暦」「私のかかげる小さな旗」「琉球布紀行」「家計簿の中の昭和」など多数。「9条の会」呼びかけ人の一人。

素敵な澤地久枝さん、 期待しています!
 
六回目にしてはじめて「九条の会」よびかけ人を講演者にお呼びすることができました。 私が、すごい人だ、と澤地さんを再認識したのは映画「動乱」製作時。原作者・澤地さんに関してのニュースに接したときです。(もともとの原作は「妻たちの二・二六事件」)
  澤地さんは「映画は私の意図と違うものとなっている」として原作から名前を外させたのです。「この戦争は何だったのか」という終戦時の無念の思いを抱き続け、著作に取り組んできた澤地さんにとってこの映画のもつ危うい内容はゆるがせにできなかったのでしょう。毅然とノーを表明された勇気に多くの人が感動しました。
 その後も澤地さんは五味川純平氏をして「私のパートナー」と言わしめた調査・分析力と経験を活かして沢山の貴重な著作を物し、記録文学の大きな一翼を担っています。特にミッドウェー海戦で戦死した日米の全兵士を追跡調査し戦争の本質にせまった「滄海よ眠れ」「記録ミッドウェー海戦」はその面目躍如たる作品であり、長くノンフィクションの傑作として記憶されることでしょう。
  9条をめぐる改憲論議がかまびすしくなった2004年6月、「九条の会」呼びかけ人のひとりとなり改憲の動きには一歩もひかない決意を表明された澤地さんに再び感銘を受けたのは私だけではなかったと思います。
  今回、「『小さな人間』について」という演題で市民運動の根底と希望について語って下さいます。
  お忙しい澤地さんが講演をお引き受けになったのは同じ「小さな人間」同士として私たちひとり一人に期待をよせてくださっているからではないか、と推測します。
  素敵な澤地さんに感謝しつつ、その凛とした姿勢に学ぶ素晴らしい会となるようみなさんと力をあわせていきたいと考えています。(N)

ザ・セインツ プロフィール

伊藤忠商事・コーラス部出身の男声カルテット。その名は初めに取り組んだ名曲「WHEN THE SAINTS GO MARCHIN‘IN」に由来する。定年後海外赴任を終えた一人が最近帰国し、結成後40数年を経て4人がようやく揃い、これからは十分な練習をつんで本格的に楽しもうと全員決意を新たにしている。

ザ・セインツ ファンよりのメッセージ
その昔、まだメンバーが20代だったころ、昼休みにミニ・コンサートをひらいた。その開催を心待ちしている若い男女が、その頃の職場には沢山いた。
ザ・セインツのミニ・コンサートはたいてい「聖者の行進」で始まる。印象に残っている歌に「Dry Bones」「Sixteen Tons」「筑波山麓合唱団」がある。たぶん、もっともっと多くの曲を聴いたのだろうが、思い出せないほどに時間は経った。その後メンバーたちは世界中に散って働いたが、音楽をけっして手放さずに定年を迎えた。そして、晴れてこのたびザ・セインツが私たちの前に再登場する。ほんとうに楽しみだ。(U)

  会場:明治大学 リバティタワー1F 1011 教室 
    
JR御茶ノ水駅(御茶ノ水橋口)から徒歩4

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この講演会は 明治大学九条の会、明大学生9条の会 後援で行われます。

講演記録

「小さな人間」について (あらまし)
はじめに~なぜ講師を引き受けたか

 皆さん、今日は。澤地久枝です。今日は年末の土曜日。今夜は雪が降るかもしれない。そんな寒い天気のなか、何人集まるか、100人いらっしゃればいい方だなと思って私はここに伺いました。でも本当にたくさん集まって下さってうれしいです。(盛大な拍手)
  正直に言っておいたほうがいいと思いますが、最初、「商社9条の会」の者ですがといって、講演依頼の電話が掛かってきたとき、“しょうしゃ”という言葉で浮かんだのは「瀟洒な佇まい」の瀟洒という言葉でした(笑い)。そうではなく、あの商社、資本主義の中核の商社だと聞き、まず気持ちがすっと後ろに引けました。でも、商社に九条の会があるということは何てすばらしいことだと思いました。私が最初尻込みしたように、参加している人たちは、それぞれ職場とか、定年退職後―そうは言っても縁が切れているわけではありませんから―の生活、環境のなかで、9条の会に加わることについては(逡巡したうえ)、やっぱりどこかで踏み切って、一歩踏み出してやっているのに違いない。そうだとしたら、せっかく招いてくれたのだから、行かないのは申し訳ない。そう思って、今日来ることになりました。(盛大な拍手)

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