日 時: 4月19日(土) 14:00~15:40
会 場: 全林野会館(プラザ・フォレスト) 6階 604会議室
「私たちのような『中国残留婦人・残留孤児』などと呼ばれる存在は、二度と生み出されてはなりません。もう決してこのようなことがくり返されないために、私たちの体験・事実を伝えたい。」 「知ってほしいのは、悲惨な体験をしたことだけでなく、権力に対して疑問や批判をもたない危なさ、怖さです。」
講師 鈴木則子氏
丸の内線「茗荷谷駅」下車 徒歩7分 鈴木則子さんのお話しを聴いて
4月19日(土)、全林野会館(プラザ・フォレスト)にて、中国帰国者の会鈴木則子さんをお招きして第5回学習会が行われました。
65名の参加者があり、帰国者の会の方々を交えて懇親会もおこなわれました。
鈴木さんは、1928年生まれ、父上が東京・京橋青物問屋の四代目、その6人兄弟の四女。
全てが「お国のため」という教育の下で、皇国少女として育った鈴木さんは、「満蒙開拓」という国策を背景に「大東亜戦争」の最中、家族共々開拓団の一員となり、満州に渡ります。開拓団での日々は途轍もなく厳しいもので、父上は病に倒れ3ヶ月後に亡くなられて、母上も後を追うように逝ってしまわれます。
やがて戦争も末期となり、ソ連軍の参戦を経て終戦を迎えていきますが、ソ連国境近くにいた開拓団は、護ってくれるはずの関東軍には知らぬ間に見棄てられ、その後は自力による悲惨な逃避行を強いられていくこととなります。そこで展開される苦難と悲劇、心の葛藤については、「講演録」(後日H・Pに掲載予定)をお読み下さい。
国は、ひとたび戦争を始めると「命令をして国民を動かす、そして戦争が終われば、その事実から逃れようとする」と鈴木さんは叫びます。戦争の悲惨は、戦闘の場だけでなく、いつまでも悲劇が重ねられていくところにあります。
これらのこと、歴史の事実をそのままに伝えていくことが、今となっては多くの犠牲
者の無念に応えることだと、鈴木さんは語っておられます。そして私たちはこの「講演」をこそ、私たち自身の「不忘の碑」としていかねばなりません。